感想みたいななにか:映画『ナポレオン』を観てきました。

tl, dr: 中年の男女の恋愛映画として、結構楽しめました。ただ、流石にタイトルは『ジョセフィーヌ』か、せめて『ナポレオンとジョセフィーヌ』の方が良かったよなー、という思いはあり?

 

 

さてはて、観てきました、映画『ナポレオン』。当然のことながら、ネタバレ感想です。

 

冒頭でも少し書いたのだけれども、本作はナポレオン・ボナパルトと、その最愛の人にて最初の妻であるジョセフィーヌの恋愛を主題として描いている。

 

留守しがちな夫に、それを横目に浮気する妻。ライフスタイルがあまりにもかけ離れており、衝突することも少なくない。しかし、それでいて、どことなく、互いが互いに依存して……このプロットラインだけ見ると、往年のソフィー・マルソーが出演しているような映画で(『Happiness Never Comes Alone』とか『ソフィー・マルソーのSEX,LOVE&セラピー』こんな感じだったよね。)、ナポレオンもジョゼフィーヌも、それはとてもとても情熱的で、この人たち、そもそもの問題として、文化も魂も、フランス人なんだよな、っていうのを思い出させてくれました。私は自分が忘れたいと思っているわけじゃないのに忘れてしまっていることを思い出させてくれることが存外に好きなので、それはいいですね。

 

個人的には、自分自身の年齢が若人から中年へ揺れ動いている期間なだけあって、結構、生活があって、立場があってな中年カップルの恋愛映画として、結構本作は気に入っている。若い頃は愛さえあればなんとかなるけど、中年になると、愛だけじゃどうにもならなくなることがあるよねっていう、のと、それでも愛してるんだよっていう葛藤は、結構、思うところはないわけではなく。

 

し、なんだろう。革命でそういう意味では恋愛的な意味で本当の若人たる期間を奪われてしまった二人の立場は、なんかコロナで青春の春が気づいたら終わってしまった部分にちょっと重なるものあるかな、ってのは少し思った。(とはいえ、ジョゼフィーヌに関しては既に既婚だったので若干微妙だし、ナポもデジレに婚約してたので、ちょっと違うか)

 

そんなのもあって、ホアキン・フェニックスのナポレオンに関しては賛否両論だと思うし、私も思うところがないわけではないのだけれども、バネッサ・カービーのジョゼフィーヌはおそらくこれ以上のものは出てこないだろう。それじゃ売れないのはわかるけど、映画のタイトルが『ジョセフィーヌ』か、せめて『ナポレオンとジョセフィーヌ』だったら私はこの映画に90点くらいつけてもいい。

 

そこら辺考えると、マドンナ監督の『ウォリスとエドワード 』っぽい気がしますね。いい作品だよ。私は好きだよ。

 

……まぁ、ナポレオンの映画としても、私は結構ありだと思うのだけれども。

 

ということで、みんながここに見に来ている理由であろう、その話をしようか。

 

そもそも、ナポレオン論でしきりに話されていることであり、パンフレットにも書いてあるのだけれども、ナポレオンは複雑で、複合的な存在で、その切り取り方も、軍事ナポレオン、政治家ナポレオン、皇帝ナポレオン、私人ナポレオンなどがあって。まぁ、色々な側面がある。色々な側面がある一方、個々人はやっぱり一人なので、どう切り取ろうとも、一つを他から完全に独立させることはできない。

 

一応、歴史的には英語圏は軍人ナポレオンを中心において描いており、その印象が強い一方、フランスだと、フランス史フランス革命の中の政治家ナポレオンを中心に描き、日本での需要はたぶん英米文献からの孫訳と、コンティネンタルな流れが合わさってできていると思ってて、軍人ナポレオンも政治家ナポレオンも両方比較的存在感がある。

 

でも、両者において、私人ナポレオンが不在なのは、正直あまり変わらない。

 

本作は、逆に、フォーカスを私人ナポレオンにあてて(内、おそらくその描き方も家族人ナポレオンと夫ナポレオンがあり得ると思うんだけど、後者に着目した)描いたっていう作品だ。だから、歴史的イベント、戦場でのナポレオンの活躍も、私人としてのナポレオンに必要な部分しか描写しない。そして、そのナポレオンは、人間としてとてもリアルに描かれる。

 

このナポレオンは初陣でビビるし、セックスは大好きだし、子供ができないことに悩み、八つ当たりする。色々と変な部分はあるにせよ、人間どこかしら変な部分があるものだし、良くも悪くも、等身大の普通のおっさんが、そこにはいる。

 

そのリアリズムは通奏低音で、戦闘描写も、同様に古典的な近世の線形な戦闘の解釈ではなく、より現代的な解釈をしており、私はこれも好みだが、これは後述する。

 

また、この映画は、夫ナポレオンと妻ジョゼフィーヌという見せたい部分以外を見せない為に、極端なやり方を用いている。この作品で物語理解に必要ではない人物たちは、名前がそもそも呼ばれない。

 

基本、フランス人はこの二人以外、名前を覚えないでも良い構造になっているし、軍人に関しては記号としてしか登場しない。本作で元帥の中で名前を呼ばれたものはおらず、作中で名前で呼ばれる将軍はクレベールとコランクール(と、ウジェーヌだけど将軍時代は登場せず)のみ。一応、身体的特徴を知っていれば、背景の将軍たちの誰だが誰だかわかるだろうが、それらの知識は本作を鑑賞する上で、一切必要とされない。(流石に、フランス革命があってマリー・アントワネットが処刑されたとか、その後イギリス、ロシア、オーストリアと戦ったよくらいの知識は必要だが、それ以上は不要)

 

この映画を見るのに、楽しむのに本当に必要なのは、フランス革命ナポレオン戦争の知識なんかではなく、人を愛したことがあるか、愛したけれども、立場やしがらみから、一歩引かないといけなくなったことがあるか、という感覚の経験かもしれない。

 

でも、そういう経験こそが見るのに必要なの、すごいフランス映画っぽくて良い、とは、私は思いますね。フランス映画じゃないけれど。

 

 

さて、細かな戦争の話。

 

戦闘描写に関しては、もう最初のトゥーロン戦の時点で真面目に再現するつもりはありません!宣言されたので、真剣には見ちゃいけないって感じ。あと、撮影の規模はやっぱりちょっとちっちゃめなので、物足りない感あった。ただ、それらを踏まえてみると存外に上手く描けていたのではないかなと思う。あと、私のこの時代の戦闘の解釈と似た部分が多かったので、結構私の評価が高いポイントが高い。

 

さて、ここの部分、ちょっと書きたいので、ちょっと書く。

 

正確に分類できているわけじゃないので、大雑把な分類になるのだけれども、この時代の戦闘様式に関して、大きく分けて、二通りの解釈がある。一つがOmanらを始祖しにて、たぶんNafzigerとかが属する、なんだかんだでドクトリン通りの、比較的線形で、整然とした戦闘をやったっていう解釈で、もう一方が、KeeganのFaces of battleに代表され、P.GriffithやR.Muirなどがいるであろう、いや、戦闘はもっとカオスでよくわかんない感じで戦ってたよっていう派。

 

この差を象徴する良い例だと思っているのは、有名な「敵の白目が見えるようになってから発砲せよ」の文の解釈で、前者の解釈は、これを一旦事実だろうと受け止め、戦場での混乱や興奮によりマスケットの有効射程はきっとその程度しかなかったのだろう理解するのに対し、後者の解釈では、そういう但し書きがされているということはきっと実際の発砲は射程外近くの相応な遠距離で、それを戒める為、誇張してだいぶ近距離に書いたのだろうと解釈する。この両者は共に初撃の発砲が一番効果的であったことは同意するけど、発砲距離が20mと200mで十倍くらいたぶん差が開くことになる。(極端な例だけど)

 

かつての『ワーテルロー』や『パトリオット』で描かれた戦列戦は、どちらかというと、前者のOman派の解釈で描かれていたけど、今回はばりばりのKeegan的解釈で作劇されていた。具体的には、兵士たちは戦闘が始まるまで、せっせと野戦築城の為に塹壕を掘っていたり、家を拠点化したりしてて、いざ戦闘が始まると、射撃開始判断までは統制が取れているものの、射撃戦が始まるとすぐに統制が取れなくなり任意射撃に移行したりしている点、あとは、本当に一瞬だけど、12ポンド砲の装填手がやられて、そんな中、砲兵が、そこらへんの歩兵を捕まえて、「お前、装填しろ!」って言ってる場面とか。うーん、カオス。

 

もちろん、どちらの解釈が正しいかは、結局、タイムマシーンがない以上わからないのだけど、こっち解釈の近世の戦闘の映像作品があっても良いと考えていたので、私としてはこれはいいです。

 

あと、細かいけど、ナポレオン時代の戦闘描写として、歩兵、騎兵の投入がターン制じゃなくて、そこそこ細かいレベルで歩兵騎兵砲兵の密接な相互支援で行われている描写があったりしたのは本当にポイント高いです。

 

 

さて、それ以外の細かい好きだった点、嫌いだった点、思った点

 

・映画『ナポレオン』としては71点かな。

・こう、ジョゼフィーヌが美人で綺麗なのは当たり前なんだけど、すごいえっちです。色んな意味で。

・結構、有名な絵画の再現シーンはかなりよく出来てます。特に戴冠式のシーンは本当に良い

・結構、最初のシーンのスコアは度肝抜かれたけど、結構良かったと思う

・序盤は結構グロい描写多いので、そこは注意

マスケットの発砲音がむっちゃかっこいい

・戦闘シーンが、バリー・リンドンや、銀英伝スタイルのクラシックなのはイイネ!しかも当時の曲だし。

・せっかくだからラ・マルセイエーズとか、ベートーヴェンの「英雄」とかかけてほしかったかったな感はあるけど、ベトヴェトンはあまりにも単体として有名だから、もってかれちゃうか。

・生還者パーティーでナポが若干乗れてなくて陰キャっぽいムーブしてるのは結構好感度高いです。そうだよな。お前は人の上に立てるけど、輪に入るのは苦手だもんな。

・どうでもいいけど、この間部分訳したNapoleon in exileでも思ったけど、なんだかんだでナポレオン、他人が良かった点を称賛するのが上手いので、そこら辺本当にやっぱり良いリーダーだったんだろうなって思う。

・白暗転がむちゃくちゃ多い。

・戦闘、概ね悪くないけど、流石に野営地から戦場が近すぎです。

・あと、いつものことだけど、白兵戦が大乱闘になるやつがあります。

方陣が!きちんと折りたたんで形成されてる!方陣の前で騎兵が(概ね)止まってる!方陣から発砲してる!(100点)

・コサック兵が騎兵だけじゃなく、歩兵やら砲兵やらいたのはポイント高いですね。あと、追撃するフランス兵が最初は槍騎兵だったのに途中から胸甲騎兵になったのは、軽騎兵の損耗が拡大するにつれ重騎兵が不適切な任務に投入されるようになり損耗する描写として良かったと思います。

・さっき書いたリアリズムの話、映画だと「スターリン葬式狂騒曲」や、本だと"French Revolution and What Went Wrong"あたりの影響かな?「スターリン葬式狂騒曲」の監督の演技指導におけるリアリズムの話はいつか書きたいのだけれども、これはまたいつか。

・このナポレオン、すごいシャアっぽい。ジョセフィーヌララァっぽいし。